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米大統領選挙 ペイリン副大統領候補の役割
持田直武 国際ニュース分析

2008年9月14日 持田直武

ペイリン副大統領候補の登場で、共和党保守派が活気付いている。同候補は強固な妊娠中絶反対派、自身も末子がダウン症とわかっても中絶せず出産した。保守派の念願は中絶の非合法化。今回の選挙でも、非合法化を目指して住民投票を実施する州もある。ペイリン候補はその信条の実践者として選挙の顔になった。


・ペイリン候補にかける保守派の期待

 米大統領選挙は11月4日が投票日だ。この日は連邦議会の議員、州知事、自治体の首長や議員、教育委員など各種選挙の投票も同時に実施する。また、州や地方自治体の住民投票もこの日に実施する。大統領選挙も野犬捕獲人の選挙も選挙と名の付くことは何でも実施する日である。この米国の選挙で、妊娠中絶問題は過去何十年間、最も関心を引く争点の1つとなってきた。キリスト教福音派など保守派は中絶反対を掲げ、リベラル派と穏健派は中絶容認を主張して一歩も譲らない。

 今回も、共和党マケイン大統領候補は中絶禁止を掲げ、民主党のオバマ候補は容認を主張している。また、今回も選挙と同時にカリフォルニア州、コロラド州、サウス・ダコタ州の3州が妊娠中絶禁止を目指す住民投票を実施する。そんな中、ペイリン副大統領候補が登場した。同候補はアラスカ州知事2年目。政治歴は短いが、妊娠中絶や銃規制、同性結婚のいずれにも反対するいわゆる社会保守派。そして、その信条を実践したシンボルとして登場し、草の根の活動家が活気付いた。

 今回、3州の住民投票が目指すのは中絶を禁止する州法の制定だ。しかし、真のねらいはこの州法を足がかりにして最高裁判所の中絶禁止判決を引き出すことにある。コロラド州の場合、住民投票が成立すれば、同州は「受胎と同時に胎児を人間と認める」州法を制定しなければならない。胎児を人間と認めることによって中絶が出来ないようにするのだ。一方、サウス・ダコタ州は「中絶禁止、例外としてレイプ、近親相姦、母親の生命が危険の場合だけ容認」という内容である。


・マケイン候補がペイリンを副大統領候補に選んだ理由

 米国で、この種の住民投票が成立したことはなかった。だが、今回はサウス・ダコタ州の住民投票が成立する可能性がある。同州は前回の住民投票で、反対56%対支持44%で中絶禁止派が敗れた。しかし、この時の住民投票の要求は「州法で中絶を全面禁止する」という厳しい内容だった。今回はこれに「レイプや近親相姦、母親の生命の危険の場合」を例外として認めるよう修正した。この結果、賛成が増え、住民投票が過半数の支持を得て成立する可能性が高まった。

 成立すれば、サウス・ダコタ州は中絶禁止を州法にしなければならない。しかし、連邦最高裁判所は1973年「中絶は憲法が保障する女性の権利の1つ」として合憲とする判決を出している。このため、同州が中絶禁止法を制定すれば憲法違反となり、最高裁判所が違憲立法審査にかけることになる。住民投票を推進しているキリスト教福音派などの保守勢力は、最高裁判所がこの違憲立法審査で中絶を合法とした原判決を破棄し、あらたに中絶を禁止する判決を出すことを期待している。

 最高裁判所の判事は長官を含め9人。過半数が中絶禁止を支持すれば原判決は破棄される。現在の構成は保守派の判事は長官を含め4人、穏健派とリベラル派が4人、中間派が1人。このうち2人が引退すると噂されている。次期大統領に誰が選ばれるかによって判事団の構成は大きく変わる可能性がある。キリスト教福音派を中心とする共和党保守派にとっては、まさに正念場。そんな時、共和党マケイン候補がペイリン・アラスカ州知事を副大統領候補に選んだ。保守派活動家が喝采したのは言うまでもない。


・ペイリン候補はメディアの詮索に耐えられるか

 マケイン候補は副大統領候補にリーバーマン上院議員を指名する考えだった。同議員は民主党員だが、党籍を離れて今は無所属。中絶問題では、マケイン候補が禁止派なのに対し、リーバーマン議員は容認派。だが、その他の問題では一匹狼と言われるマケイン候補と馬が合う。しかし、横槍が入った。ニューヨーク・タイムズによれば、保守派活動家がマケイン候補に対し、リーバーマン議員を選べば保守派が総反乱を起こすと警告、急遽ペイリン知事に差し換えたという。

 マケイン候補は中絶禁止派だが、レイプや近親相姦などを例外とするいわば柔軟派でもある。福音派はじめ共和党保守派はこの点が不満で、2000年の大統領選挙ではブッシュ大統領を支持し、マケイン候補を撤退的に叩いた。この後遺症が今も尾を引き、保守派はマケイン候補支持に二の足を踏んでいた。しかし、ペイリン候補の登場で、この冷たい関係に変化が起きている。保守派は、マケイン候補がペイリン候補を選んだのは保守派の要求を呑んだ証拠と受け取ったのだ。

 ペイリン候補が登場してまだ半月余り、無名のアラスカ州の女性知事が今や選挙戦の中心でスポットライトを浴びている。世論調査では、このペイリン旋風のおかげでマケイン候補の支持率も上昇、この1週間は民主党オバマ候補をリードしている。これが投票日まで続けば、米国初の女性大統領が誕生する。だが、副大統領として何をするのか。これから投票日まで、メディアが微に入り、細をうがって詮索する。それに耐えられなければ、副大統領にはなれない。


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