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米金融機関の役員ボーナス返還騒動
持田直武 国際ニュース分析

2009年3月29日 持田直武

米保険大手AIGの高額ボーナスがオバマ政権を揺さぶっている。問題は、公的資金で救済される同社の役員たちが破格のボーナスを貰ったこと。世論は反発。下院は役員たちに90%の税金を課し、公的資金分を取り戻す法案を可決した。だが、税金を特定の少数者に課すのは憲法違反との反論も出て、混乱は続いている。


・高額ボーナスに対し高額税金で対抗

 米保険大手のAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)は13日、幹部社員418人に合計1億6,500万ドルのボーナスを支払った。支給額の最高は650万ドル(約6億5,000万円)である。米企業幹部の高額ボーナスはよく話題になるが、AIGの高額ボーナスはまた別の意味でも大きなニュースだった。政府が経営危機の同社を救済するため、昨年9月から計1,733億ドルの公的資金を注入、今後も300億ドルの追加注入をする予定だったからだ。

 このニュースが伝わると、米世論は沸騰。議会は上下両院の金融関係委員会が17日から公聴会を開催、AIGのリディ会長を吊るし上げた。この席で、同会長は「契約があるので支給せざるを得なかった」と次のように釈明した。雇用契約で「08年分のボーナスは合計2億2,000万ドルとする」と約束している。このため08年12月にその一部を支給、今回残額を払った。払わなければ、訴訟に発展し、金融の専門知識を持つ社員がライバル企業に流出する恐れがあるというのだ。

 公聴会では、全額返還を要求する主張もあったが、リディ会長は「全額返還は難しいので半額を自発的に返還するよう努力する」と約束した。しかし、下院は満足せず、ボーナスとほぼ同額を税金として取り立てる法案を可決した。公的資金の注入を受けた企業が幹部に高額なボーナスを支給した場合、90%を税金として徴収する。AIGだけでなく、公的資金を受けた企業の幹部すべてを対象としている。オバマ大統領も「国民の怒りが法案を可決させた」と述べ、支持を表明した。


・オバマ政権に降りかかる火の粉

 だが、オバマ政権もこのボーナス支給に責任がないとは言い切れなくなる。議会か2月に可決した経済安定化法案には、当初支給を禁止する項目が入っていた。ところが、上院銀行委員会の審議の過程で、この項目が削除された。ワシントン・ポストによれば、銀行委員会のドッド委員長は18日、委員会のスタッフが財務省担当官の助言で削除したと認めた。同担当官が「規制すれば、訴訟になる」と主張したためという。ボーナス支給に財務省が関与している疑いが浮上したのだ。

 AIGのリディ会長も18日の公聴会で、昨年9月公的資金の注入をめぐってFRB(米連邦準備制度理事会)と協議する過程で、ボーナス契約があることをFRBや財務省に知らせていたと証言した。ガイトナー財務長官は当時ニューヨーク連邦準備銀行の総裁で、FRBの首脳の1人。同長官は24日の公聴会で「ボーナス支給の詳細は、支給3日前に財務省のスタッフから聞いて初めて知った」と証言したが、議員の中からは、連銀総裁当時から知っていたのではないかとの疑問が出た。

 もう1人、疑惑の渦中にいるのが、上院銀行委員会のドッド委員長だ。同委員長は上院議員歴34年の民主党長老、銀行委員会に長年席を置く金融族である。選挙区はAIGの拠点があるコネティカット州で、同社との関係も緊密。同社からの政治献金は過去10年間に30万ドルを超える。同委員長は、スタッフがボーナスを規制する項目を削除したと認めたが、助言した財務省担当官の名前は「わからない」と答えた。同委員長は当初、なぜ削除したのかについても「わからない」と答えていた。


・米が掲げる市場主義の原則にかかわる問題

 オバマ大統領は18日、記者団に対して「今回のボーナス問題は、拝金主義と高額な報酬制度、リスクを省みない向こう見ずな企業経営が背景になって起きた」と述べた。高額なボーナスは米企業経営に内在する病的現象と断定し、政府が介入して是正するという民主党主流派の立場を示している。世論がこの立場を支持。下院が高額ボーナスを貰った企業幹部に90%の懲罰課税を課すという前代未聞の強硬策を打ち出した。いわば、企業の契約内容を政府権力が覆す動きである。

 だが、契約を否定すれば、企業経営は大混乱に陥るという主張も強い。AIGと並んで公的資金で経営再建中の金融大手シティ・グループのパンディット会長やバンク・オブ・アメリカのルイス会長などがその主張に先頭に立っている。いずれも、政府が企業経営に介入して、ボーナスを規制したりすれば、経営は混乱し、優秀な人材は流出すると主張する。ワシントン・ポストも、政府の介入を嫌って、公的資金の注入を避ける企業が増え、貸し渋りにつながると指摘した。

 オバマ政権の内部にも、90%という懲罰的課税を疑問視する意見がある。バイデン副大統領の主席経済顧問バーンシュタイン氏は22日のABCテレビで「特定の少数グループに高額な税金を課すのは憲法の建前から見て明らかに行き過ぎだ」と発言した。税の平等負担の原則に反するという主張だ。世論は依然沸騰しているが、上院では法案に扱いに慎重な動きが出て、このまま採否に持ち込むのか、あるいは大幅に修正するのか、今後の成り行きはわからなくなった。


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