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北朝鮮の人工衛星が担う役割
持田直武 国際ニュース分析

2009年4月12日 持田直武

世界の常識と北朝鮮の常識が相容れない例は多い。しかし、北朝鮮の人工衛星打ち上げほど、その差が際立つ例は珍しい。金正日総書記が9日、国家の最高ポスト国防委員長に再選された。人工衛星は、その祝賀ムード盛り上げのためとの見方が多い。だが、海外の常識が国民の耳に届くのは時間の問題との見方もある。


・人工衛星の発射時間にも10分の違い

 北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)が人工衛星の打ち上げ成功を伝えたのは4月5日午後3時28分だった。それによれば、同衛星は11時20分に咸鏡北道花台郡の衛星発射場から発射され、9分2秒後の11時29分2秒に軌道に進入。軌道傾斜角40.6度、地球に最も近い距離で490km、最も遠い距離で1,426kmの楕円軌道を周期104分12秒で周回、「金日成将軍の歌」および「金正日将軍の歌」のメロディーと各種測定資料を地球上に電送しているという。

 だが、日米韓3カ国の発表では、まず発射時間から違っている。韓国政府の発表によれば、発射を最初に感知したのは、米軍の早期警戒衛星(DSP)で時間は11時30分15秒、北朝鮮が公表した発射時間より10分15秒も遅い。この早期警戒衛星は発射場の上空3万6,000キロに静止して警戒中、点火の瞬間を赤外線感知器で捉えたという。ほぼ同じ頃、日本海に展開していた日本のイージス艦「こんごう」も水平線上に上昇する飛行物体を捉えたと報告している。

 日米韓の観測によれば、この飛行物体はその後、発射地点から約600kmの日本海に1段目のブースターを落とし、発射後約7分後の11時37分過ぎに日本列島上空を通過。その後、残りのブースターと搭載物が発射地点から3,200kmの太平洋に落下したと推定されている。米軍の北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)は5日午後6時50分、「飛行物体は搭載物とともに海中に落下し、軌道に入った物体はない」と発表、人工衛星を軌道に載せたという北朝鮮の主張に反駁した。


・金正日総書記が発射の全過程を見守る

 北朝鮮が今回の打ち上げに特別な意味を持たせていることは間違いない。朝鮮中央通信によれば、打ち上げ当日、金正日総書記は衛星管制総合指揮所で打ち上げの全過程を見守った。そして、人工衛星が軌道に載ったのを確認したあと、「人工衛星も運搬用ロケットも、我々の科学者と技術者が100%の技術と知恵を注ぎ込んで開発した。しかも、たった一度の発射で人工衛星を正確に軌道に載せた」と述べ、関係者と記念撮影をして労をねぎらったという。

 だが、打ち上げに従事した北朝鮮の技術者はこの時、失敗を知っていた筈だった。しかし、失敗を口にすることは許されなかったに違いない。北朝鮮は今回の人工衛星を「光明星2号」と名づけたが、光明星は北極星のこと、同時に故金日成主席が後継者の金正日総書記につけた雅号である。その光明星が太平洋に墜落することなどあってはならないことだった。特に、今回の打ち上げが、金正日総書記の第3期体制の船出を祝賀する役割を担っていることを考えればなお更だった。

 その第3期体制は9日、最高人民会議が金正日総書記を国防委員長に3選してスタートした。目標は、故金日成主席の生誕100年にあたる2012年までに強盛大国を建設すること。それを目指して、国防委員会が政治の全権を握って軍事優先の先軍政治を実施するというのだ。打ち上げを歓迎する8日の平壌市民大会で、朝鮮労働党の崔泰福書記は、今回の人工衛星は「その強盛大国の大門をたたく最初の砲声だ」と強調し、今後ミサイルや核開発の面で砲声がさらに続くことを示唆した。


・オバマ政権は核廃絶を軸に戦略立て直しか

 2012年の強盛大国建設まであと3年余りだが、海外の見方は厳しい。米下院軍事委員会の元スタッフで軍事評論家シリンシオーン氏は5日のCNN.com(電子版)に寄稿、次のような「北朝鮮が直面する技術の壁」を指摘した。それによれば、同氏は北朝鮮のミサイルは中距離ノドンも、長距離テポドンも基本的に旧ソ連の短距離ミサイル、スカッドがモデルである点に着目。今回の人工衛星打ち上げ失敗は、北朝鮮がそのスカッドを多段式にする技術をまだ掴んでいない証拠だと見ている。

 シリンシオーン氏はまた、北朝鮮がこの壁を乗り越えるには、冶金技術の向上やエンジン、誘導システムなど基本的な面の改善が必要だと主張。さらに、核ミサイルを造るには核弾頭を1,000キロ以下に小型化する必要があるが、それには米国も6年から8年かかったこと。また、核弾頭が大気圏に再突入する時の高熱に耐える技術も必要だと指摘。「米国には当面深刻な脅威ではない」との結論を出した。2012年の強盛大国建設までに核ミサイルは完成しないとの見方である。

 今回の北朝鮮の打ち上げに対して、オバマ政権の対応は混乱していた。ゲーツ国防長官は初め「迎撃」を主張、次いで「何もしない」に変わった。その一方で、オバマ大統領が5日、核廃絶を目指す声明を出した。世界の核兵器を廃絶することは日本がかねてから主張してきたが、米歴代政権は無視してきた。同大統領の声明が今後どのような政策展開をもたらすのか、まだ分からない。しかし、北朝鮮の核放棄問題が当面の焦点の1つになることは間違いない。


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