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イランをめぐる不穏な動き
持田直武 国際ニュース分析

2009年8月9日 持田直武

イランの核開発問題が新たな局面を迎えた。イラン軍部が核兵器製造の準備を完了、最高指導者が決断すれば1年で核爆弾を製造できるとの見方が強まった。米政府はイランに直接対話を提案し、9月半ばまでに回答を要求。応じない場合、経済制裁や軍事面を含む強硬なムチを検討している。


・イラン最高指導者の決断次第

 イランが核兵器開発の最終段階に入ったとの見方が強まっている。英紙ザ・タイムズ(電子版)は8月3日西側情報筋の話として、「イラン軍部が核兵器製造の準備を完了、最高指導者ハメネイ師が決断すれば1年以内に核爆弾を製造できる」と伝えた。一方、米のマレン統合参謀本部議長も5月24日ABCテレビで「イランが今後1年から3年以内に核兵器を保有する可能性がある」と指摘、外交努力で問題を解決するには時間が限られてきたとの危機感を表明した。

 イランは05年、アフマディネジャド大統領が就任してから核開発を加速。IAEA(国際原子力機関)の報告によれば、現在濃縮ウラン製造用の遠心分離機7,000台を所有、純度3.9%の低濃縮ウラン1,000キロ余りをすでに確保したという。核爆弾を製造するには、この低濃縮ウランを純度95%の高濃縮ウランに濃縮する必要があるが、上記ザ・タイムズは「この作業は6ヶ月足らずで終り、最終段階の核爆弾組み立てもその後6ヶ月以内に完了する」と伝えた。

 イランが核兵器製造に踏み切れば、国際社会の反発は必至だ。イランは現在NPT(核不拡散条約)に加盟し、核兵器を持たないと約束している。製造するには、北朝鮮のようにNPTを脱退してIAEAの査察チームを追放するか、または、査察チームの監視の眼を欺くしかない。しかし、最近は探知技術の発達で、隠し通すのは難しい。いずれにしても、イランが核兵器製造に踏み切れば、軋轢は必至。米はじめ国際社会が経済制裁に動き、核施設への空爆も排除できなくなる。


・オバマ政権が検討中のアメとムチ

 オバマ大統領は就任1週間後の1月27日、サウジアラビアの衛星テレビ局「アル・アラビア」のインタビューに答え、「直接対話」に基づく新たなアプローチでイランの核問題に取り組むと約束した。ブッシュ政権時代は、国連常任理事国5カ国にドイツを加えた「P5+1」がイランと対話。米代表はその1員として交渉に参加したが、成果はなかった。このため、オバマ大統領はこの「P5+1」とは別に、米とイランが「直接対話」を開始するよう提案したのだ。

 だが、イランは応じなかった。オバマ政権はその後、9月半ばの国連総会前までにこの直接対話に応じるよう期限を設定。イランが応じない場合、経済制裁や武力行使も含む強硬なムチを検討している。詳しい内容はまだ公表されていないが、8月3日のニューヨーク・タイムズ(電子版)によれば、同政権は経済制裁の1つとして、イランに対するガソリンなど石油製品の輸出を禁止する制裁案を検討、米議会指導者や西側同盟国と協議を続けているという。

 イランは世界第4位の原油生産国だが、石油精製施設が少ない。このため、国内で消費するガソリンの40%はEUなど西側諸国から輸入している。オバマ政権はこの流れを絶ち、イランに核兵器開発の断念を迫るムチにする考えだという。米議会でも、上院議員71人がこの主旨に沿って制裁を目指す石油精製品禁輸法案を共同提案。国際石油会社が制裁に協力せず、輸出を続ける場合、オバマ政権が金融や船舶保険の凍結など独自に制裁を科す案を協議している。


・大型地中貫通爆弾の実戦配備を早める

 オバマ政権がイランに対するもう1つのムチとして検討しているのが、大型地中貫通弾の実戦配備である。米空軍のボーランド報道官は8月2日、現在実験中の新大型地中貫通弾を来年7月までに実践配備できるよう議会に予算措置を要請したと発表した。この爆弾は総重量13.6トン、地下深く貫通して爆発するのが特徴で、従来の大型爆弾に較べ約10倍の破壊力がある。実践配備すれば、B‐2ステルス爆撃機に搭載、イランの地下核施設に照準を合わせることになる。

 このオバマ政権のムチはイラン向けだけでなく、イスラエルの武力行使を牽制する狙いもある。イスラエルは、オバマ政権が交渉を優先し、核施設空爆など武力行使を選択肢として強調しないことに不満だ。8月2日のゲーツ国防長官とバラク国防相の会談でも、この点についてイスラエル側の不満が爆発。バラク国防相は記者会見で「イスラエルはあらゆる選択肢を使ってイランの核兵器を阻止する。長話など役にたたない」と述べてオバマ政権の対話路線を批判した。

 オバマ政権の懸念は、イランがこのまま核開発を続ければ、イスラエルが単独で核施設の空爆などに走りかねないことだ。これを避けるには、同政権がイランと直接対話して、核兵器製造を思い留まらせるしかない。ゲーツ国防長官は上記のバラク国防相との会談後、単独で記者会見し、イスラエルが「米が期限を切ってイランと交渉する場合、その行方を見守る」と約束したことを明らかにした。イスラエルは、少なくとも交渉中は軍事行動を控えると譲歩したのだ。


・オバマ大統領の対話路線は難航必至

 イスラエルが軍事行動に固執する背景として、過去2回にわたる空爆の成功を挙げることができる。イスラエル空軍機は1981年6月、フセイン政権時代のイラクが建設していたオシラク型原子炉を空爆で破壊。また、2007年9月には、シリアが建設中だった核施設を同じように空爆で破壊した。いずれも、空軍機がイスラエル領内の基地から長距離飛行で敢行した作戦だった。しかも、攻撃されたイラク、シリア両国とも反撃を控え、イスラエル側に損害はなかった。

 だが、イランの場合、同じ様な結果になるという見方はまずない。現在の状況で、イスラエルが攻撃すれば、イランが反撃するのは間違いない。イランはすでにイスラエルを射程内に収めるミサイルを配備している。また、反撃はそれに留まらず、ホルムズ海峡の封鎖など国際石油ルートの妨害にまで発展するとの指摘もある。イランは6月の大統領選挙以来、指導層が分裂。状況が不安定になれば、強硬派が指導権を握るとの見方が多い。オバマ大統領が掲げた「直接対話」路線は難航するに違いない。


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