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オバマ大統領の医療制度改革
持田直武 国際ニュース分析

2010年2月7日 持田直武

米国は皆保険制度のない唯一の先進国と言われる。国民の15.3%、約4570万人が無保険状態である。個人破産の62%は高額な医療費が原因という調査結果もある。だが、オバマ大統領が打ち出した改革案は、議会の強い反対に直面して立ち往生。世論調査でも、国民の半数以上が改革に反対である。


・無保険者を生む背景に市場原理

 米国では医療保険も民間の保険会社が中心となり、市場原理で運営する。日本の国民健康保険のような公的保険もないことはないが、その対象となる国民は限られる。例えば、公的保険の代表格メディケアは65歳以上の高齢者用、メディケイドは低所得者用だ。このほか退役軍人保険などもあるが、これら公的保険に入れない一般国民は民間保険に頼るしかない。個人で保険会社の医療保険に入るか、勤務先の雇用主が保険会社と契約するなどの方法で保険証を入手することになる。

 この医療保険制度がほかの先進国にはない問題を数々生むことになる。その1つが、米国は先進国で唯一の皆保険でない国という事態だ。08年8月の米国勢調査局の調査によれば、07年度の有保険者はメディケアなど公的保険が約8300万人、民間保険が1億7040万人。いずれにも入らない4570万人、つまり国民の15.3%が無保険なのだ。しかも、民間保険の59.3%は雇用主が契約した保険のため、08年以降の企業倒産の増加で無保険者はさらに増える見通しだという。

 もう1つの問題が医療費の高騰である。米厚生省の統計によれば、米国の07年度の医療費総額は2兆2000億ドルで、GDP(国内総生産)の16.2%、国民1人あたりの支出は7421ドル(約67万円)。GDP比は日本の約2倍、先進国の中でも最高の支出額だ。米の医学専門誌アメリカン・ジャーナル・オブ・メディシンによれば、米の個人破産の62%はこの高額な医療費が原因だという。負債額は無保険者の場合平均2万7000ドル、有保険者は平均1万8000ドルである。


・医療費の膨張で政府予算は破綻しかねない

 医療費高騰は医療制度が市場原理で動くことに多くの原因がある。米では医療を支える保険、製薬、病院の多くが株式会社で利益を出さなければ株主に見放される。保険会社の場合、加入者から集めた保険料100のうち、どれだけ患者の医療費に使い利益分を残すかで評価が決まる。一般的に医療費が85以上になると経営者は失格だ。これを避けるには、医療費を抑えるか、保険料を上げるかだが、多くの場合、加入者の保険料を値上げし、この結果医療費総額も膨張することになる。

 この医療費膨張の影響は公的保険にも波及し、政府予算を圧迫する要因になる。米厚生省の統計によれば、07年度の民間保険の支出総額は前年度比5.8%増加。一方、政府管掌の公的保険メディケアも7.2%増加、メディケイドは6.4%増加した。民間保険が加入者の保険料を上げて、製薬会社や病院への支払いを増やせば、公的保険も同じように支払いを増やさざるをえなくなる。その結果、07年度の公的保険の支出は政府予算の22%を超えるまでに膨らんだ。

 この医療費の膨張が続けば、政府管掌の公的保険は維持できなくなる。米議会予算局によれば、メディケアやメディケイドなど公的保険による医療支出は07年度GDPの4%だった。しかし、現在の増加傾向が今後も続けば、2050年にはGDPの12%、82年には19%に拡大すると予測している。政府予算の大半が公的保険の医療費支出として消える計算だという。オバマ大統領が昨年7月の記者会見で「改革しなければ政府予算は破綻する」と訴えたのはこのためだ。


・医療制度改革は歴代大統領の課題

 米歴代大統領もこの問題を放置してきたわけではない。古くは第26代大統領セオドア・ルーズベルトが退任後に医療改革を掲げて1912年の大統領選挙に再挑戦、落選したが、問題提起の役割を果たした。第二次大戦後は、トルーマン大統領はじめ歴代大統領が何らかの形で医療制度改革に言及。ジョンソン大統領時代の1965年、メディケアとメディケイドが発足した。また、クリントン大統領時代には、ヒラリー夫人が特別プロジェクトを組織、皆保険を目指したが成功しなかった。

 オバマ大統領も08年大統領選挙戦の当初から医療制度改革を提唱。その意を受けた民主党の改革案がすでに下院と上院を通過した。このオバマ改革案の狙いは、公的保険を新設して国民皆保険を実現し、肥大化する医療費を抑制することにある。だが、これには反対も多い。下院ではこの改革案が11月7日に通過したが、民主党議員の39人が反対、表決は5票差だった。上院は12月24日に通過したが、議事妨害を抑える60票をかろうじて確保するという際どい通過だった。

 反対理由の1つは、公的保険の新設についてだ。オバマ大統領の狙いは、公的保険を新設して国民皆保険を実現。政府がこれをベースにして医療費や薬価をコントロールし、医療費総額の膨張を抑えることだ。日本はじめ欧州各国はこれで成果を挙げている。しかし、米では民主・共和両党の保守派が強く反対。下院は公的保険新設を支持したが、上院は審議の段階で二転三転した挙句、最終案では削除した。政府が経済に介入することを嫌う市場原理派と保険、製薬など医療業界の勝利だった。


・米国民の過半数は改革案に反対

 民主党が1月19日のマサチューセッツ州上院議員選挙で敗北し、改革の行方はさらに不透明になった。この敗北で、民主党は上院の支持勢力が59議席に後退、反対派の議事妨害を防げなくなった。改革案の成立には今後、上下両院合同委員会で意見を調整して一本化し、本会議で再度議決することが必要だ。しかし、公的保険の新設という主要項目で、両院が真っ向から対立するなど難航は必至。例え一本化しても、民主党は上院で可決するのに必要な安定多数60議席を確保できない。

 議会審議がこのように膠着する背景には、世論の動向も影響している。上院本会議が12月24日改革案を投票にかける直前、キニピアク大学世論調査所が調査した結果によれば、改革案に反対する意見が53%で過半数を超え、支持の36%を大きく上回った。また、NBCとウォール・ストリート・ジャーナルの合同調査によれば、現行のままで良いという答が44%で改革案支持の41%を上回った。改革案の実施で、保険加入が義務化し、経済的負担も増えるという不安が消えないのだという。


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