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中国の北朝鮮政策に変化
持田直武 国際ニュース分析

2010年6月6日 持田直武

中国の対北朝鮮政策が変化しているとの見方が出ている。韓国の哨戒艦「天安」をめぐる問題で、中国の温家宝首相は「どちらか一方をかばうことはない」と発言したことがその例だ。北朝鮮の核開発問題でも、立場の違いは歴然としてきた。


・中国は北朝鮮の主張に当惑

 温家宝首相は5月28日から韓国、日本を訪問、哨戒艦問題について中国の見解を明らかにした。韓国の中央日報によれば、同首相は李明博大統領との会談で「国際的な調査とこれに対する各国の反応を重視する」と発言、米英などの専門家が加わった韓国の軍民調査団の調査を評価した。その上で、「中国も公正かつ客観的に判断して立場を決めるが、その結果によってどちらか一方をかばうことはしない」と明言。中国が北朝鮮に対する認識を新たにしていると、韓国側は受け取ったという。

 温家宝首相はこのあと、済州島で開催した日中韓3国の首脳会談や東京での鳩山首相との会談でも、この見解を繰り返した。中国はこれまで北朝鮮と韓国の主張が対立する場合、北朝鮮の立場を支持するのが慣例だった。しかし、北朝鮮が昨年4月にミサイル実験、5月に2回目の核実験を実施したあと、中国はこの慣例を変更。国連安保理が北朝鮮に対する追加制裁を採択することに賛成した。同首相の発言は哨戒艦問題でも慣例にとらわれない姿勢をとることの示唆と受け取られている。

 中国が哨戒艦問題でこうした姿勢を見せる背景には、北朝鮮に対する不信がある。中央日報は5月29日、韓国政府関係者の話として「5月に訪中した金正日総書記は胡錦濤国家主席に対し、北朝鮮は『天安沈没とは関係ない』と関与を否定した」と伝えた。ところがその後、韓国の調査団が海底から魚雷のスクリューなど証拠物件を多数引き揚げ、国際社会では北朝鮮の魚雷攻撃は確実との世論が広まった。この状況に対し、中国は当惑し、北朝鮮に対する不信を募らせているというのだ。


・核開発問題でも真っ向から対立

 中国が北朝鮮不信を持つのは哨戒艦問題だけではない。核開発問題でも、北朝鮮の説明に疑問を持っている節がある。その1つは、金正日総書記が5月7日胡錦濤主席との会談で表明した非核化の立場と北朝鮮外務省が公表した非核化の立場が大きく違うことだ。新華社によれば、同総書記は「05年の6カ国協議共同声明に従って朝鮮半島を非核化する」と主張した。ところが、北朝鮮外務省がその2週間前に公表した「核兵器に関する備忘録」はこの主張とはまったく違っているのだ。

 同備忘録は北朝鮮の「核部隊の任務は世界から核兵器が無くなる時まで続く」と宣言。朝鮮半島非核化はオバマ大統領が提唱した「核の無い世界」が実現する時、同時に実現するという主張になっている。しかし、これは金正日総書記が胡錦濤主席との会談で表明した6カ国協議の共同声明に基づいて非核化するのとは大きく違う。同共同声明は、北朝鮮はすべての核兵器と核計画を早期に放棄してIAEA(国際原子力機関)の査察を受けなければならないと規定しているからだ。

 北朝鮮外務省が公表した備忘録にはもう1つ、中国の神経を逆なでしかねない主張が含まれている。それは「北朝鮮が核実験をする前、周辺諸国は膨大な核兵器や核の傘で覆われていたが、北朝鮮だけが核の空白地帯という不安定な状態だった。しかし、北朝鮮の核開発で不均衡が解消し、戦争が起きる可能性は減少した」という主張である。中国が北朝鮮には核の傘を架けなかったということを意味し、朝鮮戦争以来の血盟関係を否定するものと受け取られかねない主張である。


・中国の立場は地域の混乱阻止が最優先

 北朝鮮の備忘録は重要問題の真相を体系的に明らかにし、それに対する北朝鮮の立場を表明するものだという。4月21日発表の「核兵器に関する備忘録」は2週間後の金正日総書記訪中に備えた、中国向けだったと思われる。しかも、その内容は核兵器の早期放棄を完全に否定するものだった。ところが、金正日総書記は胡錦濤国家主席との会談で「6カ国協議共同声明に従う」と表明。核兵器の早期放棄の約束を確認した。金正日総書記の発言の真意について疑問が沸くのは当然だった。

 胡錦濤主席が5月7日の会談で金正日総書記に対し5項目の提案をしたのは、こうした背景抜きに考えられない。新華社によれば、提案の第2項は「中朝戦略的関係の強化」というテーマで次のような内容だった。「中朝両国は、内政、外交の重要問題や国際情勢、地域情勢、国家統治の経験など共通の問題について深みのある意思疎通を定期的に図ることにする」。北朝鮮の独走を抑えようとする意図が見え隠れする提案だが、新華社は金正日総書記が「全面的に同意した」と報じた。

 この中国の姿勢の変化が哨戒艦問題の対応にも現われている。北朝鮮は武力行使に出るかのような強硬発言を繰り返すが、現状では追加制裁など強行措置は避ける対応になりそうだ。中国が温家宝首相の日韓訪問を通じて、制裁圧力をなだめた効果が大きい。中国にとって、北朝鮮の暴走は百害あって一利も無い。それに較べ、韓国は無視できない経済パートナーとなった。温首相が哨戒艦問題で「一方をかばうことはしない」と明言したのは、この中国の認識変化を象徴している。


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