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イラク駐留米軍撤退後の不安
持田直武 国際ニュース分析

2010年8月22日 持田直武

オバマ大統領が約束どおり今月中にイラク駐留の米軍戦闘部隊を撤収する。イラクの治安は一時より回復したとは言えまだ不安定。イラク政界は3月の議会選挙いらい連立協議が難航、新政権が何時成立するか見通しも立たない。米・イラク両国内には、撤退は両国の国益を損なうとの意見が強まっている。


・何のための戦争だったのか

 イラク戦争は2003年3月20日、ブッシュ大統領が英のブレア首相の協力を得て開始した。戦争目的について、同大統領は22日、定例のラジオ放送で次のような3項目を挙げた。「イラクが保有する大量破壊兵器を無力化すること、国際テロ組織に対するイラクの支援を止めさせること、イラク国民をフセイン政権の圧制から解放すること」。ブッシュ大統領は放送の最後で「この戦争はわが国の安全と世界平和のための戦いであり、勝利以外の結果は受け容れられない」と強調した。

 動員した兵力は米軍24万8000人、英軍4万5000人。米英軍の圧倒的な火力の前に50万余とみられたイラク軍はあっけなく敗退、戦闘は21日間で終結した。そして、フセイン大統領は処刑された。だが、戦闘が終わったあと、イラクが大量破壊兵器を持っていなかったことや、国際テロ組織への支援もしていないことが判明。ブッシュ大統領が掲げた戦争目的はまったく根拠のないものだったことがわかり、ブッシュ政権に対する不信感が高まった。

しかも、イラク国内はフセイン政権の崩壊後 宗派間の対立が激化して大混乱に陥った。フセイン政権を支える立場だったイスラム教スンニ派と同政権下で弾圧されたシーア派がそれぞれ武装勢力を動員して対決。これに国際テロ組織アル・カイダも加わってイラクは事実上の内戦状態になった。この混乱を収拾して治安を回復することが、フセイン政権を倒したあとの駐留米軍の戦争目的となった。このために、ブッシュ政権が派遣した駐留米軍は最高時17万人に上った。


・オバマ大統領は「バカな戦争」と反対

 オバマ大統領はイラク反戦運動で頭角を現し、大統領の座に上りつめた。きっかけは02年10月2日、米連邦議会が米軍の対イラク武力行使を認める決議をした日のことだ。当時、イリノイ州議会の民主党上院議員だったオバマはシカゴの反戦集会で演説、イラク戦争は「バカな戦争だ」と糾弾した。これに反戦運動のリーダーが注目、民主党の大統領候補ケリー上院議員との接点も出来て、2年後には連邦上院議員に当選。さらに4年後08年には大統領の座を射止めることになった。

 大統領選挙戦でオバマ候補の公約は、就任後1年半以内に駐留米軍を引き揚げるという早期撤収論だった。一方、ブッシュ政権もイラク政府と交渉、米軍戦闘部隊を09年6月までに主要都市から引き揚げ、11年末には全米軍をイラクから撤収するとの合意をした。ブッシュ政権は治安が安定するまで撤収を先送りしたい意向だったが、イラク政府が早期撤収を要求。また、早期撤退論のオバマ候補が08年11月の大統領選挙で当選したことが圧力となり、ブッシュ政権も早期撤収に踏み切った。

 今回の米軍戦闘部隊の撤収はこのブッシュ政権とイラク政府の合意に基づいて実施している。予定どおり進めば、8月末までに全戦闘部隊を撤収。残存部隊5万人がイラク治安部隊の訓練や、テロ対策などにあたったあと来年末までに完全撤退し、イラクには米駐留軍が居なくなる。しかし、それで問題ないのかについては異論もある。ニューヨーク・タイムズは8月11日「米・イラク双方の政府内にはこの撤退計画は両国の国益を損なうという意見が出ている」と伝えた。


・イラク政界の混乱がテロを誘う恐れも

 米軍が撤退したあと、治安維持の中心になるイラク軍は現在67万人。数はフセイン政権当時より増えたが、治安維持能力はまだ初歩の段階という見方が一般的だ。イラク政府は治安要員の増加と並行して戦車やジェット戦闘機、高性能小銃など武器類を米から大量に購入しているが、これを使いこなすには、米軍による訓練が不可欠になる。イラク軍当局者は「イラク軍が十分な能力を持つのは10年後」と推定、来年末に米軍が全面撤退するのは早すぎると主張している。

 米国内でも、別の観点から早急な撤収に反対する意見がある。中東一帯に於ける米のプレゼンスを重視する立場で、今後も米軍を何らかの形でイラクに駐留させ、イスラム原理主義政権のイランを牽制し、中東の石油資源開発などにも影響力を維持するべきだというもので、バイデン副大統領がかねてから主張している。現状での米軍全面撤退は、これまで7年間の戦争で出した戦死者4400人余の犠牲や、イラクとアフガニスタンで支出した1兆ドル余の戦費を無にすると主張する。

こうした意見に対し、イラク政界の反応は鈍い。イラク国民議会は3月の総選挙のあと、新政権を組織するはずだったが、首相の選出をめぐる協議が難航、新政権発足の見通しがまだ立たない。新議会の構成は、アラウィ元首相のイラク同盟が91議席、マリキ現首相の法治国家連合が89議席で差は2議席。首相の選出にはどちらかが譲ることが必要だが、どちらも譲らない。一方では、この政界の混乱が背景になってテロが激化しかねないとの恐れも消えていない。


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