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米大統領選挙 草の根運動の実力
持田直武 国際ニュース分析

2012年2月26日 持田直武

共和党の大統領候補指名争いで保守派サントラム候補が支持率トップに立った。オバマ大統領が医療保険改革法の施行令でレイプ被害者に中絶誘導ピルの支給を指示したのに対し、サントラム候補が強く反対。中絶に反対する保守派草の根組織が大挙して支持にまわったためだ。


・人間に生命を与えるのは神か、政府か

 共和党の大統領候補の指名を得るには妊娠中絶に反対することが不可欠である。中絶を支持した政治家が共和党大統領候補に指名された例はない。共和党員の多数を占める保守派は、中絶は米国の建国の理念に反すると考えている。1776年の米国独立宣言は「神は人間を平等に造り、生命の権利と自由の権利、幸福追求の権利を与えた。これらの権利は何者も奪うことはできない。政府の役割はこの権利を守ることにある」と宣言した。保守派は、妊娠中絶はこの生命の権利を奪うことであり、政府が中絶を認めることは独立宣言の趣旨に反すると考えるのだ。

 大統領選挙戦でも中絶問題は毎回論争の的になる。最近の例は、オバマ大統領が1月20日に公布した医療保険改革法の施行令をめぐって起きた。同大統領はこの施行令で職場が管掌する医療保険の対象に産児制限も加える新方針を示した。職場の雇用主は従業員の避妊用ピルや避妊手術の費用を保険でカバーするほか、レイプ被害者には中絶誘導ピルの費用も負担するよう指示した。対象となる職場は全職種で、教会など宗教団体が運営する学校や病院もこの新方針が適用されるという内容である。

 宗教団体などの間に反発が広がったためテキサス州など7州の共和党知事が2月23日この施行令を憲法違反として訴訟を提起した。施行令は米国憲法が保障する信教の自由を侵害するという理由だ。雇用主が産児制限や妊娠中絶に反対でも、従業員の避妊ピルや中絶誘導ピルの保険費用を負担することになるからだ。共和党の大統領候補指名争いで現在支持率1位のサントラム候補は「施行令に従えば、政府が我々に生命を与えることになる」と批判した。米独立宣言は「神が人間に生命を与える」と記述しているが、オバマ大統領の新方針に従えば、人間に生命を与えるのは神ではなく、産児制限をする政府ということになるというのだ。


・医療保険をめぐる論争が最大の争点に

 医療保険改革法は一昨年3月、米国初の国民皆保険として発足した。オバマ大統領の当初の構想では、日本のような公設の医療保険を導入し、皆保険の柱とする計画だった。政府の役割を重視する民主党リベラル派の構想だったが、共和党保守派が民間保険の活用を主張して強硬に反対。結局オバマ政権は公設保険を断念し、民間保険による皆保険となった。断念した公設保険の空白は、国民が民間保険に加入するのを義務化して埋めた。米国は先進国で唯一国民皆保険がなかっただけに、再選を控えたオバマ大統領にとって医療保険改革は数少ない実績の1つだった。

 だが、共和党保守派はその後も改革法の撤廃を要求して抵抗を止めなかった。テキサス州など7州の共和党知事が医療保険改革法の施行令を提訴したが、改革法自体についても、すでに全国26州の共和党知事が憲法違反として各州の裁判所で訴訟を起こしている。最高裁判所はこのため3月26日から3日間口頭弁論を開き、今年夏に判決を出すことになった。夏は民主、共和両党が党大会を控え、選挙戦が加熱する季節だ。最高裁が合憲と判断すれば、オバマ大統領の再選には極めて有利な状況となる。しかし、違憲の場合致命傷になりかねない。  医療保険改革法が対立の焦点になるのは、人間の生命に関するリベラル派と保守派の見解の違いが改革法の施行に反映するからだ。リベラル派は「生命は出生で始まる」と考えるが、保守派は「生命は受胎で始まる」と考えている。リベラル派はこの考えに基づいて、妊娠中絶を是とし、女性が産むか、産まないかの権利を持つと主張する。しかし、保守派は受胎後すべての胎児に生命が宿ると考え、中絶は殺人と同じ罪と考えるのだ。オバマ大統領がレイプ被害者に中絶誘導ピルの支給を指示したのは、このリベラル派の考えを反映している。


・サントラム候補支持急上昇の背景

 最高裁が出す判決が選挙戦にも影響するのは必至だ。共和党内では穏健派のロムニー候補でリベラル派のオバマ大統領に対抗できるかとの疑念が改めて出ている。大統領候補指名争いのトップに立つサントラム候補が7日選挙遊説で「ロムニー候補がマサチューセッツ州知事だった05年、州の医療保険改革でレイプ被害者に中絶誘導ピル支給を指示した」と指摘、ロムニー候補はオバマ大統領と対決する資格はないと主張した。ロムニー候補は中絶誘導ピルの支給に反対して拒否権を行使したが、州議会が覆したと反論した。しかし、オバマ大統領と対決するには立場が弱いとの見方が強まった。

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)も11日、ロムニー候補が中絶をめぐって変遷した過去の経緯を紹介した。それによれば、同候補は02年マサチューセッツ州知事に立候補した際、「共和党内の中絶支持の声になる」と約束して同州に多い中絶支持者の団体を味方につけた。ところが、知事在任中の05年6月ボストン・グローブ紙の意見欄に投稿して突如「中絶反対」を表明した。その3年後の大統領選挙に共和党から立候補するため中絶反対派への転進を図ったのである。ロムニー候補はその後保守派を自称し、オバマ大統領が推進する医療保険改革に反対する姿勢を表明しているが、共和党保守派は同候補を信頼できないとみている。

 オバマ大統領の医療保険改革をめぐる論戦は2月初めに始まったが、これと並行して共和党候補の支持率が激しく変動した。ギャラップ社の支持率調査によれば、論戦開始直前の2月の初め保守派サントラム候補は支持率が10%台後半だったが、10日以降に急上昇し30%を超えた。一方、穏健派ロムニー候補は2月初めの支持率30%台から低下を続け、10日以降は20%台になった。24日時点の支持率1位はサントラム候補で33%、ロムニー候補27%である。ワシントン・ポスト(電子版)によれば、サントラム候補の支持率急上昇は保守派の草の根組織ティー・パーティ運動とキリスト教福音派が論戦開始後大挙してサントラム候補支持にまわった結果だと報じた。


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