メインページへ戻る

米政府は財政の崖を回避できるか
持田直武 国際ニュース分析

2012年8月26日 持田直武

来年早々米国は財政の崖 ( Fiscal Cliff ) に直面する恐れがある。日本と同様のねじれ議会で与野党が対立、何も決められないからだ。今年中にオバマ政権と共和党が回避策で合意しなければ、来年早々大規模な増税と政府支出の大幅削減を余儀なくされ、財政は崖を滑り落ち、米経済はリセッションに突入するという。


・来年早々増税と歳出削減が同時に襲来

 財政の崖 ( Fiscal Cliff ) とは、米の財政が来年早々崖から滑り落ちるような危機的状況になるという懸念を込めた言葉だ。崖ができる原因は2つある。1つは、ブッシュ政権時代から続く富裕層減税はじめ数々の減税措置が今年一杯で期限切れになる。通常なら議会が期限切れ後の対応策を決める。しかし、現在の議会は民主党が上院を支配、下院は共和党が支配するねじれ議会で重要事項についてほとんど何も決められない。焦点の減税措置もオバマ政権と議会が今後の対応策で合意しなければ、減税は今年一杯で終わり、来年からは政府が減税に相当する額を税金として国民から徴収することになる。ホワイトハウスの試算によれば、年収5万ドルから8万5,000ドルの4人家族で年間2,200ドルの増税になるという。

 崖ができるもう1つの原因は、政府支出の大幅削減を余儀なくされることだ。米国も赤字予算が続き政府の債務はGDP(国民総生産)1年分とほぼ同じ15兆ドルを超え債務削減が急務だ。このためオバマ政権と議会は昨年8月財政管理法を制定、来年から10年間で2兆1,000億ドルの政府支出削減を決めた。単純に計算しただけでも政府支出が毎年2,100億ドル余り10年間にわたって削減されることになる。米の12年度予算は歳出が3兆7,000億ドル余り、来年度はその5%超に相当する額が削減される。回復期の米経済の前に増税と歳出削減の巨大な崖が出現するのと同じだ。


・来年上半期リセッションに突入の恐れ

 財政の崖の危機感が高まるに従ってこれを避けるよう要求する声も強まった。米議会予算局は22日最新の経済、財政見通しを発表、その中で「議会が財政の崖を回避する手を打たなければ、米経済は来年上半期深刻なリセッション(景気後退)に突入する」と強く警告した。それによれば「財政の壁が現実となった場合、実質GDPの伸び率は13年上半期に年率でマイナス2.9%、通年でもマイナス0.5%のマイナス成長になる」という。また、これによって200万人の雇用が失われ、失業率は現在の8.3%から来年末には9.1%に上昇するとの見通しだ。議会予算局はこれまで再三財政の崖について警告してきたが、今回の警告はもっとも厳しい内容となった。


・議会は財政の崖を回避できるか

 財政の崖が出現するとすれば、来年1月2日、あと残すところ4ヶ月余りだ。この間11月6日には大統領選挙と上下両院議員の選挙があるが、財政の崖問題に取り組むのはオバマ大統領と選挙前のねじれ議会で、今後の見通しは楽観を許さない。昨年8月財政管理法を制定した際の対立が再現するのは必至だからだ。同法の原案では政府支出の削減額を当初10年間に2兆4,000億ドルに設定していた。議会は第一段階として10年間9,000億ドルの削減を決め、残りの1兆5,000億ドルは特別委員会を編成して11月末までに決定することになった。

 特別委員会には民主、共和両党から6人ずつの代表が出て構成した。ところが、各代表は自派の利益に拘泥して激しく対立、期限内に合意できずに決裂した。民主党が富裕層を重視するブッシュ減税を廃止して減税を中間層に拡大するよう主張したのに対し、共和党が激しく反対するなど両党が自派の主張を譲らなかったためだ。結局、予め決めたトリガー条項を発動、原案を3,000億ドル下回る1兆2,000億ドルを強制的に削減することになった。トリガー条項の発動は議会が問題を解決する能力に欠けることを自ら認めたのと同じである。

 ニューヨーク・タイムズは8月6日「経済界の恐怖」と題する社説を掲載し「経済界が財政の崖が現実になった場合に備えている」と伝えた。それによれば、製造業界で新規投資を控え、雇用計画を縮小するなどの動きが拡大しているという。財政の壁の1つ、給与減税が期限切れになれば、多数の従業員をかかえる製造業は大きな影響を受けるとみられる。それに備えた動きだというのだ。財政の崖が現実化し、議会予算局が予測するリセッションになれば、その影響は米経済に止まらず日本はじめ世界経済も巻き込むことになる。しかも、その発端は米のねじれ議会の確執というのでは救われない。


掲載、引用の場合はこちらからご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2012- Naotake MOCHIDA, All rights reserved.