ほら吹き大統領?
持田直武 国際ニュース分析

プロフィール

記事一覧
アメリカ
中東情勢
朝鮮半島
アジア
日米関係
安全保障
国際的課題

取材秘話
オピニオン

著書・訳書
講演の記録

メインページへ

オバマ大統領が四面楚歌の苦しい立場に立った。友好国首脳に対する盗聴疑惑が拡大したほか、中東外交ではプーチン大統領に出し抜かれ、任期中最大の功績となる筈だった医療保険改革でもスタートからつまずいた。同大統領の統治手法に問題があるとの批判が高まった。

　就任以来５年、オバマ大統領の行政手腕が問われている。ワシントン・ポスト紙のホワイトハウス担当記者スコット・ウイルソン氏は１０月３０日の紙面（電子版）で「オバマ大統領は大規模な政策構想を打ち出すが、その実施の過程には余り関心を払わない」と次のように書いた。「彼は議会を説得する場合でも圧力を加えるのではなく大演説（Big speech）をするのを好む。小さな改革を積み重ねるのではなく大改革（Big reform）が好きだ。外交面では各国首脳と緊密な関係を構築するよりもむしろ野心的な外交方針（Big foreign policy ambition）を打ち出す方を選ぶ」

　確かにオバマ大統領はこれまで何度もビッグなスピーチをし、野心的な政策方針を打ち出した。だが、それを実施する過程には関心を払わないと思われる例が多いのだ。ノーベル平和賞を受賞する理由になった核兵器の無い世界の提唱はその１つである。同大統領が核廃絶を世界に呼びかけたのは就任３ヶ月後の０９年４月、米の大統領として初めての提唱だった。ノーベル賞委員会はその半年後オバマ大統領に平和賞の授与を決めた。同委員会は授与する理由の１つとして「核廃絶の構想は核軍縮と軍備管理交渉を推し進める力になる」と期待を込めて評価した。ところが、その後ホワイトハウスが核廃絶に向けて特に努力した形跡はない。核廃絶構想を現実化するためのフォローアップがないのだ。これでは核廃絶はオバマ大統領の単なるBig foreign policy ambitionに過ぎなかったとしか思えなくなる。

　オバマ大統領はすでに就任以来５年目、任期中の実績として何が後世に残るかを問われる時になった。しかし、今のところこれと言った業績は見当たらない。これまでは同大統領が現在推進中の医療保険改革が実績として歴史的にも評価されるとみられていた。同改革が成功すれば、先進国で唯一国民皆保険の制度がない米国も国民皆保険になるからだ。同制度の導入は２０世紀初頭のセオドア・ルーズベルト大統領はじめトルーマン、ニクソン、クリントンなど民主、共和両党の大統領の念願だった。しかし、市場経済を重視する保守派の反対が強く果たせなかった。オバマ大統領が同制度の設立に成功すれば歴史的偉業となるのは間違いない。ところが、最近はこれも実現の見通しが危うい状況になってきた。原因は部下との情報共有を軽視したオバマ大統領の統治手法に起因している。

　オバマ大統領は０８年大統領に立候補した時の公約に国民皆保険制度の設立を掲げて当選した。現在の民間保険に全面的に頼る医療制度を改革、政府が運用の主導権を握る日本のような国民皆保険制度を設立するというのだ。法案は０９年議会を通過して成立、今年１０月１日から加入者の登録作業が始まった。しかし、反対が多いのも事実。議会審議の過程で野党共和党は米国の市場経済を破壊する社会主義の制度として法案に強く反対。オバマ大統領はやむなく政府の役割を縮小、国民は民間保険を購入し、購入資金の無い国民には政府が補助金を出すことで皆保険を実現することになった。

　オバマ大統領は就任１年目の０９年に国民皆保険を目指す医療保険改革法案を議会に提出。国会審議は、当時民主党が上下両院で多数を占めていたため同法案は共和党の反対を押し切って通過した。しかし、共和党は翌１０年の中間選挙で巻き返し、上院は民主党が多数派になったものの下院は共和党が圧倒的多数を占め米議会はねじれ状態となった。特に下院には共和党の保守強硬派ティー・パーティ系の議員が多数登場し、今年夏の予算審議では民主党編成の１４年度予算案から医療改革に関連する予算を全額削除するよう要求して対決。議会を機能不全にし、政府行政機関を一部閉鎖に追い込んだ。また、政府の債務総額上限の引き上げにも反対、米国政府が債務不履行になる危機に追い込んだ。

　この危機はまだ終わっていない。予算と債務総額の問題は民主、共和両党首脳部が暫定的な妥協案をまとめただけで解決していないからだ。妥協案の期限が切れる１月から２月にかけて再度予算案と債務総額の問題でオバマ大統領と共和党の対決が起きる可能性がある。しかも、対決はより激しいものになりかねない。医療保険改革法の実施の過程で数々の混乱が起きているが、オバマ大統領はその情報を十分に把握していかったということも共和党を刺激している。ティー・パーティ系の議員は選挙で医療保険改革法を撤廃すると公約している。しかも、オバマ大統領は医療保険改革のほか、外国首脳の盗聴問題なども抱え政治力が衰えている。Big speech やBig reformはお好みだが、その実施のプロセスには関心を払わないという同大統領の政治手法が問われることになる。