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アサド大統領の強気の賭け
持田直武 国際ニュース分析

2013年11月27日 持田直武

シリアのアサド大統領が化学兵器全廃という賭けに出た。来年3月末までにシリアの化学兵器をすべて廃棄するのだ。同大統領は廃棄と引き換えに大統領の地位に留まることを狙っている。ロシアは留任を支持しているが、同大統領の退陣を要求してきた米やEU諸国は戦略の立て直しを迫られる。


・ようやく米露の足並みが揃う

 アサド大統領が欧米の予想を裏切って化学兵器の全廃を決めた。ロシアのラブロフ外相の提案がきっかけとなった。同外相が9月9日「シリアは科学兵器を国際管理に移して廃棄すること。一方米国は計画しているシリア空爆を停止すること」という提案をした。シリアがこの提案を先ず支持した。これに対し、米のオバマ大統領は9日から10日にかけて複数の米テレビ局のインタビューで「シリアが化学兵器の国際管理下に置くなら、米国は軍事作戦を延期する」と応じた。当時、米が空爆実施の気配を見せて緊張が高まっていた時だった。このやり取りがきっかけとなって米とロシアが交渉に向けて足並みを揃えた。

 その後の展開は早かった。9月14日から3日間、米露外相はジュネーブで会談し、シリアの化学兵器を来年半ばまでに全廃する枠組みで合意した。一方、国連安保理も9月27日、シリアに化学兵器の廃棄を要求する決議を採択した。同時にOPCW(化学兵器禁止機関)がシリアに担当チームを派遣、廃棄を進める作業を開始した。シリア問題では5月7日、プーチン大統領と米のケリー国務長官のモスクワ会談で、国際会議を開催することで合意していた。しかし、アサド大統領の処遇をめぐって退陣を要求する米と続投を支持するロシアが対立、会議開催は棚上げ状態だった。


・米も驚くシリア政府の協力姿勢

 今回はシリア国内の動きも違っていた。OPCW(化学兵器禁止機関)の見積もりではシリア国内に蓄積されている化学物質は約1300トン、この大半を年内に国外に搬出し、来年3月末までに廃棄する。このほかの関連物質も6月末までに処理を終えることになっている。OPCWによれば、同機関の作業は内戦にも拘わらず順調に進み、このままの状況が続けば計画通り来年6月末までに廃棄作業は完了する見通しだ。

 今回の廃棄計画が決まる前までは、アサド政権が計画にどれだけ協力するかが未知数の問題だった。内戦が廃棄作業の障害になることも確実と思われた。しかし、アサド政権はこれまでのところ廃棄作業に全面的に協力している。内戦で廃棄作業に支障が出たという報告もない。アサド大統領自身も機会あるごとに「廃棄作業に全面的に協力する」と発言している。10月18日付けのワシントン・ポスト(電子版)は「シリアから化学兵器が予定どおり廃棄されつつあるという良いニュースが届いた。(本当か)」という見出しの記事を掲載した。米欧ではシリアが化学兵器を簡単に放棄するとは思えなかったのだ。


・アサド大統領の狙いは大統領続投

 アサド大統領はまだ続投にも、退陣にも言及したことはない。同大統領は10月4日ドイツの雑誌シュピーゲルとのインタビューで大統領続投について聞かれ「現時点では何とも言えない。国民が望まないなら立候補しないだろう」と述べた。だが、これを真に受ける向きはない。同大統領は2000年7月国民投票で大統領に信任され、現在2期目。任期は14年7月に切れるが、シュピーゲルとのインタビューでは任期切れの前に選挙を前倒しして実施すると述べた。

 その頃は化学兵器の全廃作業が完了、国際会議も開催される予定だ。アサド大統領としては世論が最も盛り上がる時を狙って国民の信任を受けることを計画しているに違いない。その時、化学兵器を全廃した実績が威力を発揮、米欧の退陣要求に対抗する強力な武器となることを期待している。アサド大統領が化学兵器の全廃に踏み切ったのは正にそのためだった。


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